この歌では女の子の名前自体が詩なのです(言葉は魔法・第10回)
星野廉
2021/05/13 07:59
目次
口だけの人
How Deep Is Your Love
言葉を使って人を操ろうとするのは人
この歌では女の子の名前自体が詩なのです
口だけの人
世代的に、ちょっとの差でビートルズには乗り遅れた感じの私は、Bee Gees (ビージーズ)が好きです。小難しくなくて楽観的な雰囲気が魅力だと思っています。
You think that I don't even mean
A single word I say
It's only words, and words are all
I have to take your heart away
この Words (ワーズ)という曲では、君に僕の思いを伝えられるのは言葉しかない、君の心をつかんで奪うには言葉しかない、と歌っています。いささか必死すぎなくらい。
文字通りに取ってもいいのですけど、過去の言動から恋人にあまり信用されていない、ちゃら男のくどき文句にも聞こえますが、それは妄想でしょう。私はヴォーカルのバリーが好きです。兄弟の中で一人だけ残っているバリー、長生きをしてください。
The Bee Gees - Words
言葉しかない。
言葉がすべて。
言葉しか人を動かせない。
人を口説いたり説得する際に思い出すと、よさそうです。
口だけの人がいます。言葉で説得されたり告白されたら、その人のおこないをよく見る必要がありそうです。言葉だけを信用するわけにはいきません。
お断りしておきますが、上で紹介した、Bee Gees の Words が巧言令色、つまり優しげな表情を装って巧みに言葉を操っている男性の歌だと言っているわけではありません。そう取れなくもないと言っているだけです。
How Deep Is Your Love
私は Bee Gees の大ファンです。とりわけ好きなのは、How Deep Is Your Love です。悲しい時なんかに、無意識のうちにこの曲を口ずさんでいる自分がいます。
手術や長時間の治療の間に頭の中で歌っていた記憶があります。このメロディーに浸ると幸せな気分になるのです。つらさや痛さもやわらぎます。歌詞なんかどうでもいい、という感じで好きな楽曲なのです。
みなさんにも、そうした曲がありませんか?
How Deep Is Your Love(愛はきらめきの中に) Bee Gees
言葉を使って人を操ろうとするのは人
嘘くさい言葉ってありますね。たくさんあります。極端な話が世界は嘘に満ちています。何もかも疑おうとは言いません。ときには、言葉を前にして眉に唾をつけることが必要ではないでしょうか。とは言え、言葉に罪はありません。
言葉で巧むのは人です。言葉を使って人を操ろうとするのは人なのです。言葉に罪はありません。
たとえば、白を黒と言いくるめるとか、鷺(さぎ)を烏(からす)と言いくるめるようなテクニックがあります。政治、商売、取り引き、交渉、プレゼン、広告、宣伝、プロパガンダ、行政や政府の広報、詐欺。もちろん、文芸も例外ではありません。
詩人、ビジネスマン、コピーライター、小説家、公務員、政治家、詐欺師の間を行き来したり、肩書きがかぶる例は古今東西多々ありますね。たとえば人を感動させた詩人・小説家であり政治家でもあり同時に詐欺師であった人物も過去にはいたし、今もいるだろう、という意味です。
どんな人が詐欺師であるかは分かりません。だまされた後に分かるのではないでしょうか。
言葉に関する技術や修辞(レトリック)はより洗練されて巧妙になってきています。手法は多岐にわたります。ここで私ごときが扱えるようなものではありません。きな臭い話になりそうなので、この辺でやめておきますね。
言葉はスキル。
言葉はテクニック。
言葉は技術。
言葉は魔術。
君に僕の思いを伝えられるのは言葉しかない、君の心をつかんで奪うには言葉しかない。
ナチスの言語 - Wikipedia
ja.wikipedia.org
叢書・ウニベルシタス 第三帝国の言語「LTI」—ある言語学者のノート
ヒトラー
www.kinokuniya.co.jp
ニュースピーク - Wikipedia
ja.wikipedia.org
1984年 (小説) - Wikipedia
ja.wikipedia.org
この歌では女の子の名前自体が詩なのです
美しい曲を紹介します。
やはり、Bee Gees による Melody Fair です。映画の主題歌になった曲でした。お聞きになると分かると思いますが、歌詞がとても綺麗に聞こえます。耳に快く聞こえるのです。
なぜでしょう?
一つには韻を踏んでいる言葉に満ちているからです。韻については、ややこしいので、詩や歌詞の中で似た発音の言葉があちこちに出て来るくらいで理解してもいいと思います。詳しくは、押韻、頭韻、脚韻という、ウィキペディアの解説で勉強してくださいね。
押韻 - Wikipedia
ja.wikipedia.org
頭韻法 - Wikipedia
ja.wikipedia.org
脚韻詩 - Wikipedia
ja.wikipedia.org
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韻は東西関係なく古来から詩に用いられてきました。これは言葉を美しく聞こえるようにするテクニック、つまり技術なのです。
簡単な例を見てみましょう。
セブン
イレブン
いいきぶん
口調がいいですね。脚韻でしょうか。耳にすっと入りすっと馴染む。魔法のように、お客様がどんどんお店に入るわけです。イッツ・マジック。
スカッと
さわやか
コカコーラ
耳に快いですね。頭韻でしょうか。じつに爽やか。魔法のように清涼飲料水が売れるわけです。イッツ・ア・ミラクル。
定型詩の韻はもっと複雑みたいですけど、歌詞やキャッチフレーズやコピーなどでの韻は簡単に考えていいと思います。要するに、似た発音(母音も子音もです)の言葉がいい具合に散らばっているのです。この「いい具合に」がポイントです。いい具合に散らばっていると快く耳に響くわけです。
Melody Fair の歌詞を部分的に引用してみます。
Who is the girl with the crying face
looking at millions of signs?
She knows that life is a running race,
Her face shouldn’t show any line.
Who is the girl at the window pane,
watching the rain falling down?
Melody, life isn’t like the rain ;
its just like a merry go round.
Melody Fair, won't you comb your hair?
you can be beautiful too.
Melody Fair, remember you’re only a woman.
Melody Fair, remember you’re only a girl. ah...
ご覧のように似た発音の言葉がいい具合に散らばっています。また、Melody Fair という美しく響く文字通りメロディのような名前が繰り返されます。
この歌では女の子の名前自体が詩なのです。 melody は、ご存じのように「旋律」という意味があります。ジーニアス大英和辞書にある語義を並べてみます。
・(主)旋律、節(ふし)、歌(曲)
・快い調べ、美しい音楽
・(詩・声などの)音調、抑揚
・歌うのに適した詩
fair にはもっとたくさんの意味があるので、気になったものだけを挙げましょう。
・(文語で)天候がよい
・(皮膚が)色白の、(髪が)金髪の、(人が)色白で金髪の
・(名声などが)汚れのない、きれいな
・(文語で)(女性が)美しい、魅力的な
fair が hair と韻を踏むという点は、この歌詞で決定的なインパクトをもたらします。次の部分の美しさは比類がありません。won't と comb にも母音の一致が見られます。音読しただけで、ため息がこぼれます。
Melody Fair, won't you comb your hair?
こうした言葉の音と意味への細心の心配りが魔術的な効果をあげます。イッツ・マジック。
個人的に好きだし、すごいと思うのは、以下の部分です。
Melody Fair, remember you’re only a woman.
Melody Fair, remember you’re only a girl.
名前を呼ぶ、最初の二語で盛り上がり、次第に抑えていき最後はつぶやくように歌われる箇所です。
この二行では、最後の a woman と a girl だけが違います。あとは同じ。この繰り返しと差異の妙は見事だと思います。woman と girl は反義語であると同時に類義語でもあります。この曖昧さ(両義性)が人を惑わせるのです。
女の人-女の子(大和言葉)
おんな-むすめ(大和言葉)
女性-少女(漢語・唐言葉系)
メロディー・フェア、髪を櫛でとかしてみたらどうかな?
君は綺麗にだってなれるんだよ。
だって、
メロディー・フェア、覚えておきなさい、君はただの女なんだよ。
メロディー・フェア、覚えておきなさい、君はただの娘なんだよ。
韻。
リフレイン。
反復と変奏は、詩に「似ている」音と意味の饗宴を生みだします。饗宴、共演、競演、協演。こうした工夫が言葉を美しく聞こえるように、または見えるようにする方法であり、レトリック(修辞法)つまり技術なのです。
韻なんて、まだかわいいものです。手法は多岐にわたります。現在では言葉を用いたさまざまな分野で洗練された手法が使われています。巧んだり仕組んだりするわけですね。人を動かす技術の一つです。一種の魔法とも言えるでしょう。
人は「似ている」に取り憑かれた生き物。
レトリックの基本には「似ている」がある。「違っている」は「似ている」があっての感覚。
レトリックはそれを熟知した人間が仕組むトリック。
レトリックはトリック。
レトリックはイリュージョン。
広い意味でのレトリックは、文芸や楽曲だけでなく、映画やアート一般でも見受けられます。さらに商業的な宣伝や政治的な宣伝において、大金を投じて利用されていることを忘れてはなりません。
私には、レトリックの根底に「似ている」がある気がします。
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反復、繰り返し、リフレイン、韻、変奏、転調、異化、デペイズマン、コード、レトリック、比喩、変換、転換、変移、変位、変異、偏倚、偏移。
人は「似ている」に取り憑かれている。おそらく嗜癖している。
修辞技法 - Wikipedia
ja.wikipedia.org
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Melody Fair は映画「小さな恋のメロディ」の主題歌でもあります。この映画のサウンドトラックに収録されている「First of May(若葉のころ)」もいい曲ですね。
この映画の原題は Melody、または S.W.A.L.K です。S.W.A.L.K とは、sealed with a loving kiss の略でラブレターの封筒の裏に書くのだそうです。愛を込めて封をするのでしょうね。残念ながら英語でラブレターを書いたことも、もらったこともないのでよく知りません。
若葉のころ (ビージーズの曲) - Wikipedia
ja.wikipedia.org
メロディ・フェア - Wikipedia
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小さな恋のメロディ - Wikipedia
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【※この記事は「言葉は魔法」というマガジンに収めます。】
*ヘッダーにはメザニンさんのイラストをお借りしました。
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