言葉は交響曲 (言葉は魔法・第7回)

2021/04/30 08:03


 言葉は象徴の森。

 言葉は交感。

 言葉は交換。

 言葉は交換機。

 言葉は交歓。

 言葉は交歓試合。


 どれも言えていますね。今回はそういう話なのです。


 言葉は魔法。


        *


 言葉は六角形。


 言葉は五感+α。言葉は視覚、言葉は聴覚、言葉は触覚、言葉は味覚、言葉は嗅覚、言葉はX覚。


【※第六感みたいなものを、ここではとりあえずX覚(エックス覚)と呼んでおきます。】


    視覚

  /    \

 聴覚    触覚

  │     │ 

 味覚    嗅覚

  \    /

    X覚  


 言葉は五感のオーケストラ。

 言葉は五感のシンフォニー。

 言葉は象徴の森。

 言葉は交感。

 言葉は魔法。


        *


 フランスの詩人シャルル・ボードレールの詩に「交感」とか「万物照応」と訳されているものがあります。原題は Correspondances なんですけど、簡単に言うと「五感が響き合う」ような感覚について歌っているみたいです。この詩の中で「象徴の森」という言葉が出てきます。綺麗なイメージでね。





 壺齋散人さんによる、この詩の流麗な訳と素晴らしい解説です。↓


交感 Correspondances(ボードレール:悪の華)

poesie.hix05.com


 ところで、「象徴の森」で「倒錯の森」を連想しました。J・D・サリンジャーの中編小説のタイトル("The Inverted Forest")です。どんな話なのかは忘れました。どきりとするタイトルであることは確かです。


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 倒錯の森――。たぶん誤読なのでしょうけど、地下に向かって生えている巨木の姿が頭に浮かびます。張りめぐらされた枝と葉がまるで根のように見える。湖に映る「逆さ富士」みたいな感じで人目には付かず地下に眠っているのです。


 リゾーム(根茎)も連想します。


リゾーム - Wikipedia

ja.wikipedia.org

 久しぶりに思い出したイメージというか深層・心象風景です。


 言葉は倒錯の森。

 言葉は地下茎。

 言葉はリゾーム。

 言葉はれんこん。

 言葉は蓮根。

 言葉は蓮。

 言葉はロータス。

 言葉は蓮の実(實)。


 書いてみると、これも何だがすごく言えているような気がします。うーむ。思わず唸ってしまいました。 







        *


 五感が響き合う、つまり五感を別個のものとは感じないというのは、誰もが何かの形で日々経験しているのではないでしょうか。べつに超常現象とか神秘体験などではありません。そもそもヒトにとって五感は独立したものではないはずなのです。


 たとえば、テレビで手術の場面を見て痛いと感じれば、それは視覚や聴覚(メスが皮膚を切り裂く音、ジーッという電気メスの音、手術室の扉閉まる音……)によって痛覚にスイッチが入ったのかもしれません。同じ場面を見た別の人は、強い耳鳴りに襲われるかもしれません。口に酸っぱいものを感じて吐き気を覚える人もいるでしょう。視覚的なフラッシュバックを経験する人がいてもおかしくはない気がします。病院独特の匂いが急に嗅覚をはじめ聴覚や視覚や触覚や味覚を刺激することも考えられます。


 たとえば「プルースト効果」とかいう難しそうな言葉や概念に置き換えて分かったような気になるのはやめませんか。思考停止に陥るうえに感覚まで停止しかねません。交感と言う言葉もじつは忘れてほしいのです。知覚のスイッチは簡単に切れるものなのです。


 言葉は五感のオーケストラ。

 言葉は五感のシンフォニー。


 言葉で、痛くなることがある。気持よくなることがある。せつなくなって涙がこぼれることがある。色が見えることがある。苦しくなることがある。においを感じることがある。むずむずすることがある。お腹が鳴ることがある。誰かの声がするような気持ちになることがある。背中を撫でられたような気がすることがある。足もとをすくわれたような感覚に陥ったことがある。体がほてってぽかぽかしてくることがある。


 言葉は象徴の森。

 言葉は交感。

 言葉は魔法。


        *


 音が色として感じられる人もいるようです。感じてみたいですね。と言うか、ある言葉を見て、あるいは聞いて、何かの色や風景や記憶が連想されたり、思い出されるということは案外誰にもあるのではないでしょうか。たとえば、私は「風」という文字を見ると、薄い紫を感じます。「かぜ・kaze」と目をつむって口にすると、薄青い空とちぎれちぎれになった白い雲が浮かびます。あなたの風、かぜ、kazeは何色ですか。


 A は黒。

 E は白。

 I は赤。

 U は緑。

 O は青。


 これはフランスの詩人アルチュール・ランボーの詩の一部です。お勉強なさりたい方は、壺齋散人さんによる「母音の色(ランボーの詩に寄せて)」という見事な訳文と解説をお読みください。私も読みましたが、とても勉強になりましたよ。もっとフランス語をきちんと勉強しておけばよかったとも思いました。



母音の色(ランボーの詩に寄せて)

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 母音を色にたとえているのですが、きれいですね。美しいです。すごい感性の持ち主だったんですね。イメージが膨らんでしあわせな気持ちになります。言葉を使えば、こんな素晴らしいことを言えるんです。言葉を使えば、何でも言えるんです。


 言葉は色。

 母音は絵の具。

 子音は筆さばき。


(拙文「言葉は絵の具 【言葉は魔法・003】」より引用)


        *


 ドレミという音階を、別の音の連なりやその音の連なりが示す事物に置き換えるとか、それによって連想が生じるのも一種の交感ではないでしょうか。





        *


 本を読んでいると、書かれている場面が想像される。つまり文字を見る(読む)という体験でありながら、それによって快楽を覚えることがありますね。こうした現象は文字以外でも起きます。


 ある種の写真や動画を見て、性的な興奮を覚えるという身も蓋もない話というか、誰もが経験することです。これは、萌えたり(燃えたり)、催さないほうが変なのです。


    視覚

  /    \

 聴覚    触覚

  │     │ 

 味覚    嗅覚

  \    /

    X覚  


 書き言葉、つまり文字が快楽へと変換されるわけです。書き言葉が交換機を経て別の言葉に翻訳されると考えても良さそうです。こんなふうに五感の一部が別の五感の一部へと翻訳されると考えると何かの仕組みが働いているような気がしてきてきます。


 言葉は交感。

 言葉は交換。

 言葉は交換機。

 言葉は翻訳機。


 印刷物であれば紙面のインクの染みである活字や文字や画像、スマホやPCであればディスプレー上の画素の集まりである活字や文字や画像。そうした物質が視覚という仕組みをとおして人(脳と言ってもいいかもしれません)を刺激した結果でしょうね。


 インクの染みや画素を錯覚して「あそこ」だと思い込むわけです(※「あそこ」が「どこか」は人によって異なります、人それぞれ、人生いろいろ、人生えろえろ)。錯覚を知覚と言い換えても大差ありません。理屈や論理や正しさや概念規定の問題ではありません。面子が問題なのです。感情が問題と言ってもいいでしょう。錯覚を知覚と言い換えることで、ヒト(ホモ・サピエンス=英知人=えっち人)の面子が立つくらいの意味です。


 だいいち、ヒトには発情期がありません(たぶんですけど)。発情期がないと言うと、いかにもホモ・サピエンス(英知人)らしくてその顔が立ったように聞こえますが、事実は真逆で年中発情している、あるいは年中繁殖可能なのですよね。やっぱり英知人でありえっち人。発情期にある生き物は正常な判断ができなくなると言われます。


 心配でなりません。もちろん自分を含めての話なんですけど、私たちって、やっていることが変じゃないですか? ヒトという種だけではなく他の生き物たちを巻き込んだ、この星の危機なのです。おふざけをしているようですが、真意を汲んでいただければうれしいです。


 いずれにせよ、錯覚の利用はヒトにとって素晴らしい発見あるいは発明であり性癖なのです。


語り得ないものについては、錯覚しなければならない。

※この記事は「言葉は魔法」の番外編です。  私たちは毎日何かを見て生きていますね。「見る」という言葉で、何を見ることをイメ

kotobawamaho.blogspot.com


 言葉は錯覚製造装置。

 言葉は知覚喚起装置。


 錯覚、恐るべし。

 知覚、恐るべし。


 シリアスな話になりました。

 動画を見て、一息入れましょうか。





        *


    視覚

  /    \

 聴覚    触覚

  │     │ 

 味覚    嗅覚

  \    /

    X覚  


 快感が性的なものだけではないのは言うまでもありませんが、性的な快感は五感を動員した行為であるという気がします。


 視覚:表情、身振り、仕草、目くばせ、目つき、皮膚や肌の汗、動き。


 聴覚:声、音(詳しくは書きません、想像してください、それが大切でありむしろほのめかすことで何かが伝わることがあると思います)。


 味覚:味(汗や唾液の味とか……)。


 嗅覚:におい(匂い、臭い、いろいろありますね、もちろん相手のつけている香料のにおいや部屋のにおいも重要な働きをしますね)。


 触覚:肌触り、皮膚と皮膚、粘膜と粘膜(いやらしくて済みません)、手触り、足触り、部屋の温度を皮膚で感じる、腹部と背部と頭部では皮膚的な感覚が同時にまちまちのことがある、痒み、痛み、(痛点での皮膚的な痛みのことです)、あと振動や揺れ(いやらしくて恐縮です)も触覚で感じる気がします。


 言葉は交換。

 言葉は交換機。

 言葉は交歓。

 言葉は交歓試合。


 あなたの体はポリフォニー。

 あなたの体はいろいろな音色や音階を奏でる楽器。


 言葉は身体。

 言葉は器官なき身体。


 器官なき身体――。ジル・ドゥルーズとF・ガタリのいう意味でのこれなんですけど、今回は名指しでは触れません。というか、じつは今回はこれの話しかしていないのですけど。


器官なき身体とは - コトバンク

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 - 器官なき身体の用語解説 - 現代フランスの劇作家 A.アルトーが作った言葉で,G

kotobank.jp

器官なき身体 - Wikipedia

ja.wikipedia.org

 器官なき身体についてのウィキペディアの解説に、蓮實重彦氏の名が出ているのは興味深いことです。妥当だと思います。そうです、官能が問題なのです。


 言葉は感応。

 言葉は官能。


蓮實庵

okatae.fan.coocan.jp

        *


 言葉は倒錯の森。The Inverted Forest。rhizome。リゾーム。地下茎。


 言葉は楽器。

 言葉は六角形。


 言葉はポリフォニー。


ポリフォニー - Wikipedia

ja.wikipedia.org

ミハイル・バフチン - Wikipedia

ja.wikipedia.org

ポリフォニーとは - コトバンク

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 - ポリフォニーの用語解説 - 音楽用語。各声部が独立した旋律とリズムをもちながら,

kotobank.jp


        *


 想像してみてください。性行為は五感を総動員した経験であり出来事ではないでしょうか。


 交響楽にたとえてもいいと思います。書き言葉や話し言葉以外の広い意味での言葉を相手(人間であったり物であったりします)とやり取りしたり、あるいはひとりの時にはいわば鏡の中の「他者」(空想であったり想像や記憶であったり画像や音声であったりします)とやり取りするわけです。


 言葉は交響楽。

 言葉は交響楽団。

 言葉は管弦楽。

 言葉は管弦楽団。


 言葉はセッション。

 言葉はジャム・セッション。


 言葉は魔法。


        *


 動画を見て、一息入れましょうか。こういのは、ある意味、五感のシンフォニーとかセッションと言えるのではないでしょうか。




 意味深というか、扇情的な歌詞です。いろいろ想像してしまいます。it という語が頻繁に出てきますね。「あれ、それ、これ、なに」という感じ。恐怖や不安という感情でも同じです。スティーヴン・キングの大作『IT』を思い出しましょう。


 アルファベット二文字の it (一音節)がすべてを語っているのです。日本語でも「あれ、それ、これ、なに」というふうにたった二文字(二音節)ですね。短いの反対語が長いじゃありません。むしろ両者は同意語なのです。


 ずばり名指すよりも「あそこ」とか「ちょめちょめ」とほのめかすほうが、あるいは「ある特定の部分で感じる」よりも、「全体で感じる」ほうが、ずっと〇〇いのです。


【※繰り返しで恐縮ですけど、今回はきわどい話をしていますが、そのものずばりの言葉や、きわどい映像をもちいるのではなく、なるべく想像力に訴えるように努めています。もちろん、そのほうが実際にはずっときわどいからなのです。そんなわけで、せいぜい下の動画くらいしか使いません。】




 個人的には、以下のライブ動画が好きです。あれよあれよと見入ってしまいます。




        *


 ジャスティン・ビーバーはYouTubeの黎明期にR&Bを中心としたカバーの動画を盛んに投稿していて然るべき人たちの目に留まり、デビューを果たし、さらにはインターネット時代の波に乗ってスターダムにのし上がった。そんな伝説を見聞きした覚えがあります。そんなジャスティンが上の曲をカバーした動画があります。罰ゲームみたいな表情で映っていますね。髪型もあんなだし。こんなきわどい歌詞なのにいいのだろうか――。かつて老婆心が騒いだことがありました。




 でも、老婆心は杞憂に終わったようです。JBは立派に成長なさいました。大したものです。相手の曖昧で不可解な言葉の意味だけでなく、体の動きや仕草や声……といった話し言葉以外の言葉に翻弄されるという、じつに大人で上級レベルの謎に挑んでいらっしゃるではないですか。What do you mean?  それってどういうこと? ねえ、なんで? 




 言葉は五感のオーケストラ。

 言葉は五感のシンフォニー。


 Like baby, baby, baby, oh…… から、What do you mean? Oh oh oh what do you mean?


 言葉は成熟。

 言葉は官能。

 言葉は感情教育。


感情教育 - Wikipedia

ja.wikipedia.org





 それにしても、上の動画のストーリーというか意味が不可解――。どういう意味なんですか?


 この曲の動画では、以下の The Ellen DeGeneres Show で使われたものがいちばん好きです。ときどき空から俯瞰した場面が映りますが、こじんまりとした内輪感のある野外会場でのライブなのです。綺麗な場所ですね。この日は What Do You Mean がリリースされた日みたいで、ジャスティンは疲れたようなすっきりしたような表情をしています。


 曲にもまだ不慣れな様子がうかがわれます。0:52あたりで、左から右へと大スクリーンの裏を歩いて行く警備員らしき人が出てくると、私の目は自然とそっちに行ってしまうのですが、好きな瞬間です。のどかな風景だし、日の光の下で見る映像はいいですね。





        *


 言葉は象徴の森。

 言葉は交感。


 言葉は五感のオーケストラ。

 言葉は五感のシンフォニー。


 奏でよう。それが生きるということ。体で歌おう。それが言葉を持つ以前にヒトがやっていたこと。


 あなたの体は楽器。複数の楽器。音色は一つではない、一様ではない。

 体に耳を澄ませば、複数の声がする。


 あなたの体はポリフォニー。

 言葉はポリフォニー。


 言葉は交響楽。

 言葉は交響楽団。


 言葉は魔法。

 音楽は魔法。魔術。


 言葉は官能。

 言葉はリゾーム。

 言葉は蓮根。








【※この記事は「言葉は魔法」というマガジンに収めます。】


 *ヘッダーにはメザニンさんのイラストをお借りしました。




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