言葉は「と」(言葉は魔法・第8回)

星野廉

2021/05/04 08:17


名前なんて空っぽの器じゃない? だって私たちが薔薇と呼ぶものは、

他のどんな名前で呼んでも、同じようにいい香りがするでしょ。

(空蝉訳 ウィリアム・シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』より)

  原文を見てみましょう。


What's in a name? that which we call a rose

By any other name would smell as sweet.

("Romeo and Juliet" by William Shakespeare)


 言葉は「と」。

 言葉は愛。

 言葉は友情。


 なんで「と」と愛がつながるんだろう? と不思議にお思いの方もいらっしゃるにちがいありません。今回は、そのことについて書きます。


       *


 言葉は「と」。

 言葉は関係性。

 言葉は差異。

 言葉は際(さい・きわ)。

 言葉は賽。

 言葉は犀。

 言葉は賽子(さいころ)。

 言葉はサイコ。


 言葉は間(ま)。

 言葉は間(あわい)。

 言葉は狭間(はざま)。

 言葉は間寛平。


 どれも言えている気がします。少なくとも私には。それぞれをお題にして記事が書けそうな気がするくらいです。


 言葉を使えば何とでも言えます。また、いったん出た言葉は何とでも解釈できます。


 言葉は魔法。


        *


 ジル・ドゥルーズは「と」の人だ。蓮實重彦氏の『批評 あるいは仮死の祭典』にこのような意味のことが、書いてあります。この場合の「と」は、SとMなんて言う時の「と」です。


批評あるいは仮死の祭典

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 この「と」なんですが、ジル・ドゥルーズの場合には、正確にいうと、「 et 」なのです。フランス語では、「エ」にみたいに発音しますね。えっ? 「 t 」はどこに消えたの? と不思議に思われている方のために説明いたしますと、とても大雑把な言い方になりますが、フランス語では、「 c、f、l、r 」以外の子音が語尾に置かれた時には、発音しないのです。


 たとえば、Pas mal. (英語で言えば Not bad. =悪くないね=いいね)は「パ・マル」みたいに発音します。s は読まない。l は読む。ということです。ややこしいことを言って申し訳ありません。


 で、et は英語の and と、とてもよく似たつかい方をします。すごく簡単に言うと、


*「と」と「そして」の意味がある


と考えていただいて、かまいません。


 大切なことは、いわゆる接続詞であり、


*AとB、またはそれ以上の複数のものを「つなぐ」役割がある


ということです。このことだけは、つかんでおいていてくださいね。


 で、この


*「つなぐ」


ということですが、「つながる」、あるいは、「つなげる」からには、AとBのあいだには、何か


*「関係」


があるわけです。


 言葉は「と」。

 言葉は「et/and」。

 言葉はつながり。

 言葉は関係(性)。


        *


 「つなげる」のはいいのですけど、どういう具合につながっているのかは、きわめて「曖昧=テキトー=あんまり考えていない」場合が多いですよね。結論から申しますと、


*「AとB」に真ん中にある「と」は、「何でもありー」だ。


さらに、


*つなげてみないとわからない

*つなげてみてもよくわからない


と言えそうなんです。


だから、


*眺めているしかない


とも言えそうです。ああでもないこうでもないと言いながら。


 それでいいのではないでしょうか。(※この身も蓋もない話は忘れましょう)


 というわけで、


 言葉は「と」。

 言葉はつながり。

 言葉はなんでもあり。

 言葉はこじつけ。


 言葉は魔法。


        *


*AとBというものがあるときに、両者の間にどんな関係性があるか。


と単純に考えてみて、思いつく言葉をどんどん出るに任せて=でまかせに、列挙するのです。では、やってみます。まず、


*対義語を並べるやり方


でいきます。


*大と小・○と被○・やるとやられる・観測すると観測される・マクロとミクロ・無限と有限・絶対と相対・一般と特殊・単数と複数・粒子性と波動性・線形と非線形・受け身と能動的・支配と被支配・SとM・マウントを取る取られる・依存と自立・男女・成熟と未熟・もうとまだ・多いと少ない・有ると無い・早いと遅い・速いと遅い・長いと短い・動と静・増えると減る・無限大と無限小・本物と偽物・真と偽・正と誤・安定と不安定・可と不可・可能と不可能・偶然と必然・秩序と無秩序・整合と不整合・論理的と非論理的・快と不快・高いと低い・強いと弱い・硬いと軟らかい・複雑と単純・優れていると劣っている・プラスとマイナス・陰と陽・ポジティブとネガティブ・白と黒・裏と表・偶数と奇数・熱いと冷たい・激しいと穏やか・右と左・初めと終わり・中心と周辺……


 こんな感じです。次に、


*動き・運動に注目する方法で試してみます。


*引き寄せ合う・反発し合う・しりぞけ合う・連動する・シンクロする・共振する・共鳴する・触れ合う・くっつく・集まっている・散らばっている・同化する・矛盾する・○であって△ではない・△であって○ではない・○であって△でもある・○でもなく△でもない・○ときどき△一時□・かかわる・影響を及ぼす・影響を及ぼし合う・一方がもう一方の周りを回る・くっ付いたり離れたりする・一方がもう一方をおかす・一方が一方に取って代わる・交代する・代行する・代理を果たす・まじり合う・一方が一方にとけ込む……


 また、


*関係性を状態・状況・構造としてとらえる


こともできそうです。


*似ている・同じである・等しい・等しくない・異なっている・違う・差がある・ばらばら・つながっている・結ばれている・からみ合っている・かかわりあっている・重なる・重ね合わせ状態・対称・対称性・対称性の破れ・円環状・等価・ひも状・パラレル・まじわる・まじわらない・不確定・不確定性・ずれる・ダブる・かぶる・はずれる・仲がいい・仲が悪い・親和性がある・一方がもう一方から派生している・一方がもう一方を生む・一方がもう一方を生じさせる・上部構造と下部構造・入れ子構造・ツリー構造・フラクタル・リゾーム・複雑系・カオス・二次元・三次元・四次元・恣意的・表裏一体……


 もっとも安直なやり方ですが、


*「○○関係」という決まり文句=紋切型を集めてみるとか、そのたぐいの類推で言葉を思い浮かべる方法


も有効かもしれません。


*相関関係・因果関係・相互関係・位置関係・二項関係・二項対立・三角関係、四角関係、離散関係・関数関係・ねじれた関係・あやしい関係・くさい関係・不倫関係、主従関係・親戚関係・親子関係・利害関係・力関係・上下関係・競合関係、比例関係・反比例・相似・相同・写像・関係がある・無関係・依存関係・共依存・関係が逆転する・関係が交互に逆転する・両立する・両立しない・共存・共生・阿吽の関係・触媒・相乗関係……


 わかったことは、


*関係性というものはトリトメがない


 さらに言うなら、ぶっちゃけた話が、


*わからないに等しい


という点です。実を申しますと、トリトメがないものや不明なものや不思議なものが好きです。関係性について、もっと考えたり、でまかせに何か書いてみたいくらいです。


        *


 ややこしい話はさておき、関係性を利用してみましょう。たとえば、でまかせにAとBを即興でつくります。


 月とカワウソ(童話みたいじゃないですか)


「と」の代わりに「そして」や「そんでもって」を使っても、いろいろな関係性が生まれると思います。

 

 京都、そしてblue。(これなんか、観光会社のコピーみたいですね)

 リンゴ、そんでもって雷鳴。(詩みたい)(あと、お芝居のタイトルにも、二人でやっているお笑い芸人の名前にも見えてくるから不思議です)


 こういうことは、みなさんが無意識のうちにやっていることなのです。それを意識的にやれば、鬼に金棒かもしれません。


「と」や「そして」や「そんでもって」はとりとめがない。つまり、自由。

 だから、歌が生まれる。

 だから、詩が生まれる。

 だから、記事が書ける。


        *


 言い換えると、


*とりとめがないは分け隔てがない


とも言えます。


 言葉は「と」。

 言葉はとりとめがない。

 言葉はわけわかんない。

 言葉はでまかせ。

 言葉は分け隔てしない。

 言葉は揺らぐ。

 言葉は揺らぎ。


 だから、歌が生まれる。

 だから、詩が生まれる。

 だから、文章が書ける。


 言葉は魔法。


        *


 とりとめのないのは「と」だけではありません。なんでもありの関係性は「は」や「の」にも見られます。そうです、「てにをは」すべてに当てはまる性質です。


 AとB

 AのB

 Aは(が)B

 AをB

 AにB

 AでB


 上のAとBに名詞でも形容詞でも動詞でも外国語でもなんでもいいですから、入れて遊んでみてください。どんな組み合わせでもかまいません。


  そのまま詩やコピー(宣伝文句)になるものもあるでしょう。ちょっと改変したり長くしたり組み合わせれば散文にもなります。創作活動のヒントや、行き詰まった場合の打開策になるかもしれません。


 インスピレーションを待つとか、何かが降りてくるのを待つのもいいですが、それよりも頭をつかい、ペンを動かしましょう。そしてどんどんメモを取るのです。そのほうが手っ取り早くて現実的かもしれません。


 もちろん、そうした遊びの痕跡を感じさせない工夫は大切です。「創作という手品」(比喩です)では――↓私みたいに――種を明かしてはなりません。



        *


 広がりすぎたので、「と」に話を戻します。


「と」の入った作品名やほぼ固有名詞化したフレーズや名文句は多いですね。次々と頭に浮かび、多すぎて書き切れません。思いつくままに並べてみます。


 ロミオとジュリエット、愛と誠、戦争と平和、ケンとメリー、ケンとメリーの木、罪と罰、フラニーとゾーイー、ソドムとゴモラ、赤と黒、ブヴァールとペキュシェ、ピンクとグレー、トワ・エ・モワ、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ、田辺昭知とザ・スパイダース、和田弘とマヒナスターズ、猫と庄造と二人のをんな


『男と女』(Un homme et une femme)、女と男、太陽と北風、ウサギとカメ、天国と地獄、ムツゴロウと愉快な仲間たち、世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド、ラブ&ポップ、Steinway & Sons、Tiffany & Co. 、ブレッド&バター、Bread & Butter、Guns N' Roses(andが発音通りにn'と表記される例です)、Ebony and Ivory、ピーター・ポール&マリー、The Rain, The Park & Other Things 


※The Rain, The Park & Other Things(雨に消えた初恋)は、私が生まれて初めて買ったレコードでした。




 酒と泪と男と女、ヤギと男と男と壁と、部屋とYシャツと私、あなたと 私と、存在と無、存在と時間、王様と私、山と食欲と私、君と僕。、大家さんと僕、「キミと僕の最後の戦場、あるいは世界が始まる聖戦」、「わたしとわたし ふたりのロッテ」、エ・アロール それがどうしたの、Et tu, Brute?(ブルータス、お前もか?)、「りんごとはちみつ、とろーりとけてる」(この「と」の韻が耳に心地よいですね、CMの名作だと思います)


 ハリー・ポッターと賢者の石(このシリーズは「と」ばっかり、勇気づけられます)、ニシノユキヒコの恋と冒険、蜜蜂と遠雷、しろいうさぎとくろいうさぎ、空と君のあいだに、夜と朝のあいだに、夜と朝のあいだ、ライオンと魔女、天と地と、千と千尋の神隠し、11ぴきのねことあほうどり、ジョゼと虎と魚たち、北風と太陽、氷と炎の歌、アナと雪の女王、大きい1年生と小さな2年生、ルルとララ、点と線、Boys & Girls、美女と野獣、老人と海、エルマーとりゅう、スクラップ・アンド・ビルド、ぐりとぐら、ラッシュ プライドと友情、トムとジェリー、レイトン教授と不思議な町


        *


「と」が愛に見えてきました。「と」は言葉と言葉をつないでくれる短い言葉。「と」はやさしい。「と」は分け隔てしない。「と」が「愛している」「好きだ」「I love you」に見えてきました。


 &は英語では、ampersand (アパサンド)と言い、ラテン語の「と」に当たる et を合わせたものらしいのです。詳しくはウィキペディアの解説「アパサンド」をご覧ください。


アンパサンド - Wikipedia

ja.wikipedia.org

 &はETなのです。ここで余談をさせてください。ETと言えば、以下の映画「E.T.」を思い出します。ポスターが印象的でしたね。ふたりの指先が「つながる」のです。




 言葉はつなげる。

 言葉はつながり。

「と」はつなげる言葉。


「と」は、分け隔てなく何でもつなげる言葉。

 分け隔てをするのは人。


 言葉を使えば、分け隔てなく何でも何とでも言える。

 でたらめだなんて言って差別しない。

 白を黒とでも言えるのが言葉。

 言葉には罪も責任もない。

 言葉を悪用するのは人。

 言葉をつかって嘘をつくのは人。


 言葉は「と」。


 言葉は&。

 言葉はet。

 言葉はET。


 言葉は友情。

 言葉は愛。


        *


 言葉は偶然の出会いを生む

「と」は偶然の出会いをつかさどる愛のキューピッド


 ロートレアモンの詩『マルドロールの歌』に「解剖台の上でのミシンと蝙蝠傘の偶然の出会い」という有名な一節があります。この言葉で泉鏡花の『外科室』を想起する人は私だけではない気がします。


Il est beau [...] comme la rencontre fortuite sur une table de dissection d'une machine à coudre et d'un parapluie !

(解剖台の上でのミシンとこうもりがさの不意の出会いのように美しい)

— ロートレアモン伯爵、マルドロールの歌


(ウィキペディアの「デペイズマン」についての解説から引用・太文字は引用者による)

ロートレアモン伯爵 - Wikipedia

ja.wikipedia.org

デペイズマン - Wikipedia

ja.wikipedia.org

岩波文庫 外科室・海城発電 他五篇

一度目をかわしただけで恋におちた学生と少女が、歳月をへだてて、それぞれ外科医師と患者の貴婦人として手術室の中で再会し、愛に

www.kinokuniya.co.jp

        *


 大切なことなので繰り返します。映画「E.T.」では、ふたりの指先が「つながる」のです。


 言葉は「と(et、&、ET)」。

 言葉は関係性。

 言葉はなんでもあり。

 言葉は揺らぎ。

 言葉は分け隔てをしない。

 言葉はつながり。


 言葉は連鎖。

 言葉は万物をつなぐ鎖。

 言葉は存在の大いなる連鎖。


筑摩書房 存在の大いなる連鎖 / アーサー・O・ラヴジョイ 著, 内藤 健二 著

筑摩書房のウェブサイト。新刊案内、書籍検索、各種の連載エッセイ、主催イベントや文学賞の案内。

www.chikumashobo.co.jp

        *


 今日も「と」にはずいぶんお世話になりました。この記事で「と」を何度使ったのでしょう。「と」は I love you。何でもつなげてくれる。


 言葉は「と」。

 言葉は愛。

 言葉は友情。


 言葉は分け隔てをしない。

 言葉はつながり。


 だから、歌が生まれる。

 だから、詩が生まれる。

 だから、文章が書ける。


 言葉は魔法。


 言葉に感謝。「と」に感謝。


        *


 ジュリットさん、名前も言葉も空っぽの器みたいなものだけど、言葉にはつなげる力があります。ほら、「と」という言葉であなたとロミオさんは永遠につながっているじゃありませんか。







【※この記事は「言葉は魔法」というマガジンに収めます。】

 *ヘッダーにはメザニンさんのイラストをお借りしました。








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