聴きながら、とりとめなく考える

星野廉

2021/05/06 08:00


  Like Jagger ft. Christina Aguilera


 有名な曲ですね。リリースされたのが十年前ですから、今となっては懐かしい。いい感じで、あれよあれよしている動画。見事な編集と構成。アギレラの空っぽのあれよあれよ感は天性のものかも。いい味を出していますね。


 アギレラさん、大好きです。ただ、ついアレギラと入力しているので反省しています。


 それにしても、オーディションに出てくる人たちの動きと顔芸がすごい。よくぞこれだけの逸材を集めました。「似ている」大好き人間の私は魔が入ったように見入ってしまい、気がつくと終わっています。





 behind the scenes や making of ... を見るのが好きです。自分にとって新しいPVやMVを見つけるとたいていその「舞台裏版」を探します。元の動画よりも面白い場合があって楽しいです。この動画だと、例のオーディションの裏が覗けてわくわくします。






 私は音楽については素人なので、この楽曲について詳しいことをお知りになりたい方は、ウィキペディアの解説「ムーブス・ライク・ジャガー」をご覧ください。私も読みましたが、面白いエピソードが書かれています。


ムーブス・ライク・ジャガー - Wikipedia

ja.wikipedia.org

        *


 ところで、このPVが動画が始まってまもなく0:34あたりからミック・ジャガーのインタビューのカットが流れます。ときおり唾で濡れた舌先を出して唇を湿らすところを見るたびに、村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』の一シーンを思い出します。「そうか、あの舌が……」と。


 ミック・ジャガーの逸話を真似たハシが舌先を鋏で切断する場面なのです。講談社文庫の旧版(新装版ではありません)では下巻のp.67からp.69の半分までですから、一シーンとしてはかなり長いのですが、細かな描写と説明が続きます。内容がエグいにもかかわらず詩的かつ正確な文章です。何度も読み返しています。


 好きな箇所です。その一部を引用します。エグいところはカットします。


 ハシはある実験をしようとしている。昔何かの本で読んだ。ローリングストーンズの本だ。ある偶発的な事故の後、ミック・ジャガーの声が変わった。その事故以来ミック・ジャガーはあの官能的な声を獲得した。その事故をハシは再現しようと思う。まず道具を並べる。(中略)


 もう一度舌を伸ばす。目を閉じると体中が舌になったような感じだ。鋏をいっぱいに開いて舌先を挟む。冷たい刃に触れると火傷の痛みが薄れた。小さい頃乳児院でシスターに読んで貰った童話に舌を切られる雀の話があった。(後略)


(村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』下・講談社文庫(旧版)pp.67-68)

 He had a little experiment in his mind. He had read somewhere that Mick Jagger's voice had changed drastically after an accident he'd had, that it was actually only after this accident that he'd developed his peculiar, supersensual voice. Hashi decided to arrange the same sort of accident for himself. First he assembled his tools: ... 


 He stuck his tongue out again. When he shut his eyes he felt that his whole body had become a tongue. Opening the scissors as wide as they would go, he put the tip of his tongue between the blades. The cool metal soothed the burn. Among the stories the nuns had read him when he was a child at the orphanage was one about a sparrow. ...


(新装版)英文版 コインロッカー・ベイビーズ(講談社インターナショナル)Stephen Snyder訳 pp.261-262

 日本の小説の英訳を読みながら原文の日本語を再現しようとしたことがあります。翻訳家を志していた頃の話です。文章修行のつもりでやっていました。いちばんよくやったのが、『英文版 コインロッカー・ベイビーズ』をつかっての逆翻訳です。


 好きな部分を段落ごとに英語から日本語に訳していって原文と対照するのですが、その度に村上龍の描写力に驚嘆して自分の力不足に意気消沈したのを覚えています。この小説の文章は私にとって、いまも行き詰まった時に参照する規範であり続けています。


 みなさんもお好きな日本の作家の英訳で試してみませんか。一冊まるごとやると大変なので、好きな箇所だけやるのがコツです。大げさな言い方になりますが、言語観や日本語観が変わりますよ。たとえば「村上春樹 英訳」みたいに検索すると、英語訳のリストにたどり着けます。


『新装版 コインロッカー・ベイビーズ』(村上 龍):講談社文庫 製品詳細 講談社BOOK倶楽部

1972年夏、キクとハシはコインロッカーで生まれた。母親を探して九州の孤島から消えたハシを追い、東京へとやって来たキクは、

bookclub.kodansha.co.jp

コインロッカーベイビーズ 英文版 新装版

【野間文芸新人賞(第3回)】新鮮な感覚で歌いあげた、戦後世代文学の傑作「コインロッカー・ベイビーズ」。『ワシントン・ポス

honto.jp

        *


 上で挙げた Like Jagger ft. Christina Aguilera  の動画ではミック・ジャガーがなかなかセクシーな表情を見せてくれますね。気になったので、元のインタビュー動画を探してみました。以下の動画らしいのですが、タイトルに、1965とあります。私はまだ小学生でした。その息の長い活動に驚かされます。



 改めてミック・ジャガーのインタビューに見入っていたのですが、ときおり唾で濡れた舌先を出して唇を湿らす表情というか仕草。あれを見ていて、既視感を覚えて、それが何か思い出せなくて気になりました。


 で、思い出したのですが、以前に抗うつ剤を服用していた頃に、やたらに喉の渇きを覚えて、よくこんなふうに口を閉じて唾を飲むような仕草をし、口の中を潤していたことがありました。いまでもたまにそういう人を実際にあるいはテレビで目にすると、薬の副作用で喉が渇いているのではないか、と要らぬ心配や想像をしてしまうことがあります。


 人の表情や身振りや仕草や動きが、ある特別な意味を持った記号とか信号のように感じられるのは興味深いし、ある意味どきどきします。表情も目くばせも身振りも仕草も動きも、言葉。広い意味での言葉。何かのメッセージを送ってくる。何かを連想させる。遠い記憶を呼び覚ます場合もある。そんなふうに感じます。


 この辺りについては、「言葉は交響曲 (言葉は魔法・第7回)」に書きましたので、よろしければご覧ください。とりわけ、YouTubeで音楽の動画を視聴している時には、ふだんとはちょっと変わった精神状態になっているので、意識がトリップすることが頻繁に起こる気がします。楽しいです。



        *


 以下の動画(1969)もインタビューのものなのですが、カラーであるために、ミック・ジャガーの表情がリアルに迫ってきます。私が注目するのは唇の動きです。別の生き物ように感じられて、知らず知らずのうちに魅入られてしまう自分がいます。ときどき歯の間から出る舌にも目が行ってなりません。



        *


 この曲について、もう一編の小説を思い出します。吉田修一の『怒り』です。冒頭近くで、鎌倉海岸の特設ビーチハウスで行われるイベントの風景が出てくるのですが、ダンスフォロアでかかるのがこの曲なのです。中央公論社の単行本から引用します。


(前略)上半身裸の胸や背中はすでに潮風と汗と砂でベトベトになっており、やはり上半身裸で踊っている男たちの間をすり抜けるたびに体が密着し、相手の汗と体温が伝わってくる。

 曲がマルーン5の「Moves Like Jagger」に代わり、優馬は足を止めた。去年もこのイベントのラスト近くでかかり、盛り上がった曲だった。


(吉田修一著『怒り 上』中央公論社p.38)

 こういう場面を読むと既視感を覚えずにはいられません。この既視感が吉田文学の魅力でもあります。吉田修一の小説では人がやたら汗をかきます。読んでいてかなり頻繁に汗の描写が出てきて目立つのです。


 吉田修一の作品における汗というテーマで論文が書けそうなくらいです。吉田修一はある時期まで、全部読んでいました。吉田修一論を書こうと思っていたほどです。長編では『怒り』と『パレード』、短編集では『熱帯魚』と『女たちは二度遊ぶ』が好きです。


『怒り』は映画化されていますね。映画でも汗が噴き出ます。汗、汗、汗。そして水もよく出てきます。「吉田修一と水」というテーマで長い記事が書けそうです。


※以下の動画では残酷な場面があるのでご注意願います。



 映画のメイキングを見るのも好きです。以下の動画には年齢制限があるので、視聴可能な方のみYouTubeでご覧ください。



 私は吉田修一の小説が大好きです。吉田修一の小説については、以下の記事で引用をまじえて論じているので、よろしければお読みください。




        *


 検索していてすごいと思ったミック・ジャガーのダンスというかmovesの映像集を、以下に紹介します。かっこいいですね。動きが美しい。グループサウンズや日本のロックグループのメンバーには、ミック・ジャガーの模倣から始めた人が多いという話は本当だと感じました。


 ああ、これは「〇〇」に似ている、と思った映像がいくつもあります(私は音楽もダンスにも無知なので、げすの勘ぐりにちがいありませんけど)。話は逆で、「〇〇」がジャガーを真似たのでしょうね。模倣されるのは、偉大なアーティストの宿命でしょう。






 ミック・ジャガーがその動きを自分で作り出していったのか、先行する誰かの振りを真似たのか知りませんが、見ていると自然に動きが出てきている、そしてつねに試行錯誤を重ねているように感じられます。素人である個人の感想でしかありませんが。


       *


 脱線だらけのとりとめのない記事に(私の中では全部つながっているのです)、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


 音楽を聴きながら(私は難聴が進行しているので音楽の動画を見ながらが多いのですが)、とりとめなく考えるのが好きで、老年の数少ない楽しみの一つになっています。


 最後におまけです。この動画もなかなか気に入っています。






#音楽

#読書

#映画

#洋楽

#村上龍

#吉田修一

#マルーン5

#ミックジャガー