土地の名をうたう・邦楽編
星野廉
2021/05/15 08:09
日本語の地名を歌った曲で日本語っぽく歌っていると私が感じるのは、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」です。音楽の知識のないど素人のあくまでも個人の感想であり意見ですので、トンチンカンなことを書きますが、どうかご容赦ください。
……とてもきれいね ヨコハマ
ブルー・ライト ヨコハマ
前者の「ヨコハマ」は平坦に発音していますね。つぶやきにも聞こえます。後者は「よこーはまー」と節がついている。いかにも歌っている感じ。綺麗なメロディーですね。日本語の地名、つまり音に、旋律、つまり音階のついた音をかさねるのは難しいのかもしれません。とくに、単独に音を乗せるのは難しいという意味です。
この部分のメロディーに「ヨコハマ」以外の地名を入れて口ずさんでみましたが(ハコダテ、カゴシマ、オオサカ、ヨコスカ……)、「ヨコハマ」が音としてもイメージとしてもいちばんしっくり来ます。音と旋律の、この一体感を考えると名曲だと思います。
ところで、この記事を書くために検索をしていて知ったのですが、この曲は「ブルー・ライト・ヨコハマ」と「・」(中点・中黒)があるのですね。しかも、ブルーとライトの間にもある。当然のことながら横浜ではなく「ヨコハマ」だし。感心しました。さすが、売り物、商品ですね。「職人」の作ったこういう言葉の手触りや肌触りが好きなのです。
ブルー・ライト・ヨコハマ いしだあゆみ 作詞・橋本淳 作曲・筒美京平
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英語のアクセントは強弱で、日本語は高低なんだそうです。ウィキペディアの解説「アクセント」を読もうとしたのですが、あまりにも複雑なのでやめました。お勉強が苦手なのです。
突然ですが、「よこはま」を外人ぽく(アメリカ人ぽく←この紋切り型は我ながら恥ずかしい短絡ですが)発音してみてください。「よこはーま」(・・●・)と後ろから二番目が強くなる感じじゃないでしょうか。
では、今度は、ふつうに「よこはま」と発音してみてください。平坦な感じがしませんか。「よこはま」(・・・・)。
英語では絶対にこうは発音されません。たとえば、フィラデルフィアを「フィ・ラ・デ・ル・フィア」と区切って、どんなにはっきり発音しても英語のネイティブスピーカーには通じないと思います。
「デルフィア」と「デル」を強く、「フィア」を軽く添えるように発音すると、通じます。これは何度か試したことがあります。「デトロイト」は「トゥロイ」という具合に「ロ」を強く発音すると通じました。
よこはま たそがれ
ホテルの 小部屋
この歌の出だしの「よこはま」も「・・・・」と平坦に聞こえます。つまり日本語っぽいのです。「yokohama」の母音は「o・o・a・a」で綺麗です。リフレインされると押韻にも脚韻にもなるという響きの美しさ。
さびではありませんが、この「よこはま」は私にとっては印象深い歌詞の一部です。この歌詞で驚くのは、「よこはま」から「女の涙」までが、名詞ばかりだという点です。どこが区切りか分かりませんが、体言止めだらけとも言えそうです。いまもすごく新鮮に響きます。
ところで、この記事を書くために検索をしていて知ったのですが、この曲は「よこはま・たそがれ」と「・」(中点・中黒)があるのですね。さすが、山口洋子さん。言葉のセンスが繊細ですね。
よこはま・たそがれ 五木ひろし 作詞・山口洋子 作曲・平尾昌晃
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最近、歌に関する記事を投稿していますが、じつは私は音楽にはめちゃくちゃ詳しくないのです。中途難聴者なので聞こえも悪いです(歌詞の字幕のある動画を好む傾向があります)。そんなわけで、好きな曲と知っている曲のことしか書けません。
また柄でもないので、蘊蓄もなしです。感じたことや、思っていることだけを書きますね。文章を飛ばして、曲の動画だけ視聴していただいて、けっこうですよ。本当に。
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「東京」をさびの部分に入れた曲は多いですね。いわゆる「ご当地ソング」の首都版です。ご当地ソングで思い出しましたが、トーチソングをご当地ソングと同じだとずっと思い込んでいました。別物なのですね。今回得た知識です。私にはこういう抜けがたくさんあるのです。
この曲はよく頭の中で鳴ります。とくに最後のほうが。その前の部分で、「楽し都、恋の都」と助走をつけてラストにいくみたいで疾走感がありますね。軽快で心地よい歌です。
夢の楽園(パラダイス)よ 花の東京
地名の入る歌詞では、このように枕詞みたいな部分で盛り上げて地名で体言止めにするのが一つのパターンになっている感じがします。効果的だと思います。
東京ラプソディ 藤山一郎 作詞・門田ゆたか 作曲・古賀政男
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地名を冒頭に持ってきて句を作る歌詞のパターンもありますね。上の例の逆です。
よく考えると、前か中は後ろのどこかに地名が来るのは当たり前なのですが、英語の歌詞での San Francisco のように強弱アクセントでメリハリのある、つまりそれだけで存在感がある地名が、高低アクセントの日本語にはあまりないための補強措置かななどと素人は勘ぐってしまいます。
そうした英語の地名では、軽く前置詞を添えてサビなり、リフレインの部分をつくっているように思います。メロディーに合わせて発音してみると、前置詞が一拍みたいな感じでいいクッションになっているように感じられます。つまり語呂がいい。個人の感想ですけど。
in San Francisco :I Left My Heart in San Francisco
to San Francisco :San Francisco (Be Sure to Wear Flowers in Your Hair)
to San Jose :Do You Know the Way to San Jose
to Massachusetts :Massachusetts
to Scarborough Fair :Scarborough Fair
for America :America
Aux Champs-Élysées: Les Champs-Élysées ※フランス語ですが、この「オー」と聞こえるところは英語の in(the) や at(the) に当たる語で、日本語の「シャンゼリゼ通りにて」の「にて」に相当します。
東京へは :東京 マイペース 作詞・作曲・森田貢 ※邦楽でもありますね。
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大阪で生まれた女やさかい
大阪の街 よう捨てん
ちゃんと大阪弁を使ってあるんですね。なるほど。それにしても、いい歌詞ですね。この二句でもうストーリーになっています。「捨てる」という動詞が出てきたことで、背景の大半が説明されてしまうみたい。しかも、否定形です。大阪弁の否定に付く「よう」が生き生きしていますね。
古い映像ですが、個人的には以下の動画が好きです。溺れていなくて尖っていて、なんか、こうぐっと来るのです。
大阪で生まれた女 BORO 作詞・BORO 作曲・BORO
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あらためて歌詞を読んでも細かい事情とか状況がつかめないのですが、「あなた」に対して語っている歌なのですね。歌詞は分析するものではないという気がします。割り切れるものでもなさそうですし。
「これっきり」という反復のインパクトが強いですが、横須賀という地名がはっきり脳裏に刻まれています。
ここは横須賀
「よこすか」(・・・・)と平坦に発音しています。つぶやくように、付け足すように。何か影のある醒めた女の子というイメージを私は山口百恵にいだいているのですが、それが平坦な音として具現化されるいるような感じで好きです。
横須賀ストーリー 山口百恵 作詞・阿木燿子 作曲・宇崎竜童
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全国に「銀座」がありますね。正式名称もあれば通称もあるみたいです。日本中の憧れの街だったということでしょうか。「銀座」は「東京」とは違った意味で、日本人の心に刻まれた地名だという気がしてなりません。地方の者からすると、その響きは「遠くてしかも近い」のです。
この記事を書くにあたって、この曲がザ・ベンチャーズの作曲だと知りました。びっくりしましたよ、あれだけ何度も聞いた曲なのに(ベンチャーズが作った日本の歌謡曲はご当地ソングが圧倒的に多いのにも驚きました)。
1966年にリリースですから、グループサウンズの流行った時期と重なることに気づきました。納得。そう言われてみれば、ノリノリですよね。いいテンポ。
…… 歩く銀座
…… 恋の銀座
出だしから、ノリがいいですね。まさに軽快。
二人の銀座
「ふーたりーのぎんざー」の「たり」が速くてたしかに英語のカバーっぽい気がします。「二人の銀座」のリフレインは何カ所かあるのですが、すごく語呂が良く感じられます。デュエットで歌うと、愛が深まりそう。いいなあ――。
何と言っても、あの早口言葉みたいな畳みかける歌い方の部分が歌っていてすごく気持ちがいいです。第二のサビみたい。ここが決まると爽快でしょうね。息継ぎができませんけど、だからこそ、どやーって感じでしょうか。動画を見ていても、あの部分に見とれます。
二人の銀座 和泉雅子・山内賢 作詞・永六輔 作曲・ザ・ベンチャーズ
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大ヒットして、いろいろな場所で聞いた覚えがある曲です。大旋風という記憶として残っています。
東京ららばい ……
歌詞がいいですね。ものすごく好きです。歌詞だけ読んでいても、鑑賞できます。「東京ららばい」に続く歌詞が否定形であったりネガティブな表現であったりして、心に迫ります。中原理恵さんの淡々とした歌い方と当時のボーイッシュな風貌がそのネガティブな部分をウェットにしていない。あくまでも「子守歌」なのです。その逆説感が大ヒットした理由ではないでしょうか。
ところで、とうきょう・Tokyo。この音は単独では旋律に乗せにくい感じがします。東(とう)京(きょう)と音読みしていますね。大和言葉ではないということです。あずま(東)にあるみやこ(都)という感じ。京都もそうですね。
日本(にっぽん・にほん)もそうじゃないですか。やまとではない。ややこしい話はやめましょう。
よ・こ・は・ま=yo・ko・ha・ma
な・が・さ・き=na・ga・sa・ki
い・け・ぶ・く・ろ=i・ke・bu・ku・ro
訓読みは、子音+母音(あるいは母音だけ)という音節が連続して、語呂がよくて歌いやすい気がします。
ところで、一音節である「津(つ・tsu)」を旋律に乗せるとすれば、どうなるのでしょう。素人考えですが、前に枕詞を付けるとか、後ろに何かを添えるのでしょうか。とても気になります。
繰り返しになりますが、とうきょう・Tokyo、この音は単独では旋律に乗せにくい感じがします。そこで「花の東京」みたいに枕詞を付けるとか、逆に「ららばい・rarabai」みたいに語呂のいい言葉を後ろにくっつけてサビにするのかもしれません。あくまでも素人考えです。
東京ららばい 中原理恵 作詞・松本隆 作曲・筒美京平
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とうきょう・Tokyo。この音は単独では旋律に乗せにくい感じがします。
こう上で書きましたが、TOKIO は奇策というか、この手があったのかと糸井重里さんの言葉の感覚に恐れいります。すごく新鮮に耳に響いたことを覚えています。
TOKIO ……
「とうきょう」を「ときお」にする。音読みを訓読み(冗談ですが時雄あるいは登喜夫みたいに、TOKIO KUMAGAÏを連想するのは私だけでしょうか)にする。漢語を大和言葉に「変換」する(半分冗談です)。ひょっとして言葉の魔術師である糸井重里さんの魔法? フランス語では Tokyo は Tokio ですから、それをヒントにしたのかもしれません。すごい技。
いずれにせよ、「とーきょー」ではなく、「と・き・お」と歯切れよく発音することで、枕詞もなく後ろに何かを添えるわけでもなく、単独でメロディを付けてサビにしているのですから画期的と言わざるを得ません。
やはり、この衣装、
この仕掛け、
この映像でしょう。↓
TOKIO 沢田研二 作詞・糸井重里 作曲・加瀬邦彦
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地名。
土地の名という音に、メロディーという音の流れを乗せる。
土地の名をとなえ、うたうことで、こころが空に舞う。
目と耳になった魂が、空を飛ぶ。
故郷に帰りたい。
かつて訪ねた土地にまた行きたい。
見知らぬ土地に行きたい。
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下の動画では短いですが、この曲の本来の出だしは0:35くらいからです。そこまでが長いですね。終り方も独特です。フランク・シナトラとかディーン・マーチンとか、往年のアメリカの歌手もこういうイントロが長い歌い方をしていましたね。ひょっとして一曲を長く持たせる必要のある、ディナーショー向けのアレンジなのでしょうか。
この曲は、途中で泣いてしまいます。
地名が出てくるわけではありません。「知らない」と「どこか遠く」という言葉で十分なのです。
移動を制限されているいま、よけいに、どこか遠くへ行きたくなります。
遠くへ行きたい ジェリー藤尾 作詞・永六輔 作曲・中村八大
出だしまでが長いレコードでのバージョンです。個人的には、こちらのほうが好きです。ごゆっくりお楽しみください。
◆
最後の曲です。
いい表情でうたっています。
日本、母、少年、父、子供、雪、夕焼け、岬、魚、すすき――これだけ盛りだくさんなのに、歌は静かです。眉や顔をしかめることもなく、淡々とうたっているからではないでしょうか。
いい日旅立ち――綺麗な響きのフレーズですね。「い・i」の連続がとても、きれいでここちよい。この曲の歌詞を読むと、「い・i」や「い段」の音が目立ちます。とくに「い」と「に」が驚くほどおおい。これも、この曲を落ち着いた印象にしている理由の一つではないでしょうか。
個人的な感想ですが、「い・i」や「い段」の音は軽いのです。母音の中ではいちばん軽い気がします。その「い」を山口百恵がきれいにうたっているように思えてならないのです。
私たちに一人ひとりに、いい日旅立ちが早く訪れますように。
いい日旅立ち 山口百恵 作詞・作曲・谷村新司
*ヘッダーにはメザニンさんのイラストをお借りしました。
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