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言葉はバレエ(言葉は魔法・第4回)

2021/04/23 08:06  言葉は、魔法。  言葉は、           魔法  言葉は           魔法  言葉は            魔法  言葉は          魔法  言葉は         魔法  言葉は        魔法  言葉は       魔法  言葉は      魔法  言葉は     魔法  言葉は    魔法  言葉は   魔法  言葉は  魔法  言葉は 魔法       言葉 は 魔法  言 葉 は 魔 法  言  葉  は  魔  法  言   葉    は     魔      法  言葉は魔法   葉 魔  言 は 法   葉 魔   noteはテキスト中心というか記事を載せる画面がシンプルなので、あまり遊べませんが、器用な人は素人が思いつかないような斬新なデザインの記事を投稿していらっしゃいます。いわゆるタイポグラフィを応用して楽しませてくれているわけですね。  タイポグラフィでは言葉の意味だけではなく、文字としての形が生かされ、生きるわけです。生き物のように。あるいはバレエのように。身体のように。  言葉は形。  言葉は素材。  言葉は材料。  言葉はオブジェ。  言葉は動き。  言葉は生き物。  文字は生き物。  言葉はダンス。  文字はダンス。  言葉はバレエ。  文字はバレエ。  言葉は身体。  文字は身体。         *  学生時代には杉浦康平さんの装幀やデザインが本屋さんに満ちあふれていました(どれも高価でした)。圧巻は、雑誌「エピステーメー」のデザインです。 エピステーメー | クロニクルズ | 書籍 | 朝日出版社 朝日出版社の総合トップページです。CNNEE・語学・書籍・デジタルコンテンツをご紹介しています。 www.asahipre...

言葉は外から来るもの

星野廉 2021/05/19 07:53 目次 こういうことはよくあります 言葉は外から来るもの 言葉は後押ししてくれる    言葉はわける 曖昧放置プレイの名手たち 外から来るものとの出会い 言葉は外へと帰って行く こういうことはよくあります  自分の言ったことや書いたことについて、後になってよくあれこれ思いをめぐらします。ああでもない、こうでもない、ああでもある、こうでもある、という具合につっこみを入れるわけです。ひとさまの文章や発言にそうする習慣はありません。   要するに、往生際の悪い、うじうじした性格なのでしょうね。  世界は似たものに満ちている。  世界は顔で満ちあふれている。  似ているはいたるところにある。  同じや同一はない。  似ているは印象。  同じと同一は検証しなければならない。それも機材を用いて科学的に精密に。  似ているが人にとっての体感できる現実。  同じと同一は人にとっては抽象でしかない。 (拙文「剽窃から遠く離れて あるいは引用の織物」より引用)  繰り返してばかりで恐縮ですが、「似ている」は個人の印象であり感想であり意見です。「違う」もそうじゃないでしょうか。あるものとそれとは別のものが本当に違うかどうかは、かなりマジにそれこそ機械とか器機を使って検証しないと判断できないのではないでしょうか。  見ただけでは分からない気がします。「違うんじゃないの」としか言えないという意味です。もちろん、さきほど上で述べたように、明らかに違うと思うもの同士を人は比較しないという前提があっての話ですよ。そう、話なんです。論とか説なんてものじゃありません。  その意味で「違う」は、「同じ」とか「同一」と同じです。検証しないと判断できないという意味で似ています。そっくりです。そっくりなところがそっくりなのです。 (拙文「世界は顔で満ちている ――人は夜になると洗濯をする――」より引用  上で書いたことについて、さっきから考えています。  人にも感知できる「同じ」と「同一」があるのではないか。それだけでなく「違う」や「異なる」もです。今はそんな気がします。こういうことはよくあります。ですから、また前言を撤回する可能性が高いと言えます。  これは、たぶん、私が正解とか正答(あるいは悟り)を求めていないからだと思います。だからこそ、フランスの現代思想と呼ばれ...

言葉は言葉 <言葉は魔法・006>

2021-04-06 言葉は言葉 <言葉は魔法・006> 言葉は魔法 編集  言葉は魔法。  言葉は言葉。  物は物。  事は事。  言は言。  言葉は物。  言葉と物。 『言葉と物』     ミシェル・フーコーがNHKテレビに出た時のことを覚えています。渡邊守章氏(マラルメにもお詳しい方です)がインタビューをしたのです。フーコー著の『言葉と物』がフランスで「プチパンのように売れた(飛ぶように売れた)」ことに渡邊氏が触れるとフーコーが「きっきっ」とまるでお猿さんのような声を上げて笑ったのでびっくりしました。哲学書がベストセラーになる時代がフランスにあったのです。日本でも思想書がよく売れていた時期です。    あれはいつだったのかと気になって調べてみると、フーコーが二度目に来日した1978年のことだと分かりました。以下の、ウェブサイトに慎改康之氏による素晴らしい文章が掲載されていて、その中でフーコーと日本との関係が詳しく書かれています。また、フーコーの思想だけでなく、フーコーという人間を知りたい方には――決して興味本位ではなく、生き方の選択の問題です――きわめて貴重な資料ではないでしょうか。   www.iwanamishinsho80.com   amidelasagesse.hatenablog.com    上の文章では、モーリス・パンゲさんについても触れられていてどきっとしました。たしかにパンゲさんはフーコーとロラン・バルトの共通の友人だった方です。パンゲさんにフーコーやバルトについて聞いておけばよかったといまになって思いますが、パンゲさんは友人についてぺらぺら話すような人ではありませんでした。温厚で、とても優しく素敵な方でした。    ひとりの人間としてのフーコーについて、さらに知りたい方には(これも興味本位ではなく)、エルヴェ・ギベールによる、次の小説をお薦めします。フィクションですが、フーコーがモデルだったとされる人物が出てきます。小説の形式も斬新です。私はエルヴェールの小説の書き方から多くのことを学びました。   www.kinokuniya.co.jp   www.frenchbloom.net    バルト(1915-1980)、フーコー(1926-1984)、...