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言葉は外と内から辺境へとやって来る

星野廉 2021/06/01 08:10 目次 テリトリー、外、内、辺境 辺境に身を置いた人たち 言葉は外と内から辺境へとやって来る 辺境としての自分 テリトリー、外、内、辺境  昔の話です。 「仏文学は澁澤龍彦、独文学は種村季弘(たねむらすえひろ)、英文学は由良君美(ゆらきみよし)。そんなふうに、一部の人たちが口にしていた時期がありました。三人に共通するのは、博覧強記というところでしょうか。在野、アカデミックな場と、身を置く場所は違いましたが、それぞれが持ち味を生かしながら、いいお仕事をなさっていました。 澁澤龍彦 - Wikipedia ja.wikipedia.org 種村季弘 - Wikipedia ja.wikipedia.org  三人のなかでは、由良君美がいちばん一般的な知名度は低かったような気がします。ただ、専任の大学教員であったために、アカデミックな世界では、著名な方でした。現在、表象文化論というテリトリーがあるのは、由良君美の門下、あるいは、その講義を聞いた人たちがいたからだ。そう言ってもいいように思います。 由良君美 - Wikipedia ja.wikipedia.org 表象文化論 - Wikipedia ja.wikipedia.org  由良は『脱領域の知性』という邦題の訳書を1972年に上梓しています。原書の著者は、ジョージ・スタイナー(George Steiner)という人で、原題は、Extraterritorial です。スティーブン・スピルバーグのSF映画で邦題が、「E.T.」という作品がありますが、その原題は、E.T. the Extra-Terrestrial です。  似ていますよね。Extraterritorial は、「学問の領域を超えて」という意味であり(治外法権・extraterritoriality の形容詞形でもあり、interdisciplinary・学際的とも近い気がします)、一方の Extra-Terrestrial は、「地球の外の」という意味です。もっとも the が形容詞につくと、英語では「○○な人たち」とか、「○○なものたち」という複数名詞みたいに扱われますから、the Extra-Terrestrial は、「地球外の生物たち」という意味になりそうです。  ところで、「脱構築」という言葉がありま...

音の名前、文字の名前、捨てられた名前たち(言葉は魔法・第13回)

星野廉 2021/05/18 08:04 目次 アート・ガーファンクルの口 SMLと揃いました ナボコフについて 口は楽器である Lの誘惑 音の名前 文字の名前 【掌編小説】捨てられた名前たち アート・ガーファンクルの口  アート・ガーファンクルは歌う時に大きな口を開けます。そもそも口が大きい人なのに、舌の動きまでがよく分かるほど大きく開けるのです。見ないわけにはいきません。私なんかは、歌そっちのけで唇、舌、歯、そして口蓋に見入ってしまうことがあります。  口蓋と書きましたが、「こうがい」と読みますね。ふだんはあまり見かけない言葉だと思います。中にはこの言葉を使わずに一生を終える方もいらっしゃるにちがいありません。ちなみに、私はこの言葉を鉛筆やペンで書いたことはありません。書かずに一生を終えるという予感があります。  口を大きく開けると奥にのどちんこ――ごめんなさい、どきっとする言葉ですね、ウィキペディアの「口蓋」の解説に使ってあるので使いました、写真も載っていますよ――が見えますが、上の歯とのどちんこまでの辺りのことです。つまり舌の上の部分です。  名曲 Bridge over Troubled Water では、以下の動画がいちばん好きです。口の動きに見とれることができるし、とくにこの野外コンサート(Live at Central Park, New York, NY - September 19, 1981)では何曲も歌う間にだんだん日が暮れていき、観客たちの顔も次第に見えなくなり、ガーファンクルは球場のマウントにひとり立たされた投手のような孤独を味わっているにちがいない、なんて想像してしまいます。 Bridge over Troubled Water(明日に架ける橋)(Live at Central Park, New York, NY - September 19, 1981)  ひとりでスポットライトを浴びているガーファンクルの目の表情も見逃せません。ライトを反射して瞳が光っているのですが、大会場でビビっているような不安そうな色が、その目に浮かぶ瞬間があります。大観衆を前にした緊張と孤独感から来るのでしょうか。ときおり目線が泳ぐところも素の感情が漏れ出たように感じられ、ぞくっと来ます。  また、若いがゆえの表情を楽しめます。不安を打ち消そうとするような、...

言葉は言葉(言葉は魔法・第5回)

2021/04/25 08:03  言葉は物。  言葉と物。 『言葉と物』  ミシェル・フーコー、渡辺一民/訳、佐々木明/訳 『言葉と物〈新装版〉—人文科学の考古学—』 | 新潮社 ベラスケスの名画「侍女たち」は、古典主義時代における人間の不在を表現している。実は「人間」という存在は近代に登場したもので www.shinchosha.co.jp  ミシェル・フーコーがNHKテレビに出た時のことを覚えています。渡邊守章氏がインタビューをしたのです。  フーコー著の『言葉と物』がフランスで「プチパンのように売れた(飛ぶように売れた)」ことに渡邊氏が触れるとフーコーが「きっきっ」とまるでお猿さんのような声を上げて笑ったのでびっくりしました。哲学書がベストセラーになる時代がフランスにあったのです。日本でも思想書がよく売れていた時期です。  あれはいつだったのかと気になって調べてみると、フーコーが二度目に来日した1978年のことだと分かりました。         *  渡邊守章氏が逝去されました。大学院を中退した私は、非常勤講師として渡邊氏が受け持たれていた講義に数回出ただけで終わりました。講義のテーマはマラルメと演劇でした。ご冥福をお祈りいたします。 仏文学者、演出家の渡辺守章さん死去 多彩な舞台演出:朝日新聞デジタル  フランス演劇・文学の深く幅広い研究と翻訳、多彩な舞台演出で知られるフランス文学者、演出家で東京大名誉教授の渡辺守章(わた www.asahi.com 渡邊守章 - Wikipedia ja.wikipedia.org         *  以下の、ウェブサイトに慎改康之氏による素晴らしい文章が掲載されていて、その中でフーコーと日本との関係が詳しく書かれています。また、フーコーの思想だけでなく、フーコーという人間を知りたい方には――決して興味本位ではなく、生き方の選択の問題です――きわめて貴重な資料ではないでしょうか。 フーコーの日本(新書余滴) 慎改康之 このたび岩波新書の一冊として上梓した『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学』は、20世紀フランスの哲学 www.iwanamishinsho80.com 「フーコーの日本」(新書余滴) - 講義日誌 yasuyuki shinkai 『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学』(岩波新書)...